<1>初代伊藤宗看。元和四年(1618)生れ、世襲制三世
名人。出雲の出身。
二世
名人・二代大橋宗古の娘と結婚し、寛永十二年(1635)には18歳で新家元の
伊藤家を興す。大橋宗古の没後、承応三年(1654)に
名人を襲名した。元禄七年(1694)没。
<2>三代伊藤宗看。宝永三年(1706)五世
名人・二代伊藤宗印の次男として生まれる。世襲制七世
名人。
幼名を政長、前名を印寿と言った。六世
名人・三代大橋宗与の没後、享保十三年(1728)に23歳で
名人を襲名。歴代
名人の中でも傑出
名人と言われ、「鬼宗看」と呼ばれた。
詰め将棋でも才能を発揮し、その作品集「将棋無双」(別名/詰むや詰まざるや)を幕府に献上した。この「将棋無双」は伊藤看寿の「将棋図巧」と並ぶ詰め将棋の最高傑作と言われている。
宝暦十一年(1761)に56歳で病死するまで33年間不世出の大
名人として棋界に君臨した。その後、寛政元年(1789)まで
名人位は初の空位となった。
<3>六代伊藤宗看。明和五年(1768)生れ。世襲制十世
名人。前名を松田印嘉と言った。
五代伊藤宗印の養子となり、寛政元年(1789)に
伊藤家を継いで、伊藤宗看を名乗った。九世
名人・六代大橋宗英が没してから16年後の文政八年(1825)に
名人を襲名。天保十四年(1843)没。