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最高齢の挑戦者

昭和61年(1986)5月8日、第44期名人戦の挑戦者はA級リーグで決着が付かず、3者のプレーオフになるほど最後までもつれ、最後に躍り出たのは加藤一二三九段、米長邦雄十段を破って勝ち上がった大山康晴十五世名人だった。7番勝負は連敗後の第3局を5月7~8日の両日、福岡県飯塚市「鴻の池松柏園ホテル」で迎え穴熊の先番中原誠名人を120手で破った。しかし結局シリーズは大山の白星はこの1勝のみで敗退した。
けれど名人戦史上最高齢で挑戦したことは大いに話題になった。
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昭和33年(1958)3月29日 第7期王将位決定戦7番勝負で大山康晴前名人が升田幸三三冠を破り、半年振りに無冠を脱出した。
28,29の両日、長野市の「犀北館」で行われた第7局、大山が矢倉模様の将棋を123手で勝ち、3年ぶりの王将位復位を果たした。
昭和31年、升田は半香落ちでも大山に圧勝して王将位を奪うと、翌32年の第7期九段戦で塚田正夫から九段を取り、半年後の第16期名人戦でも大山を破って初の三冠王に輝いていた。だが、これを機に升田が退潮、大山の躍進、独走が始まる。
大正12年(1923)3月13日、岡山県倉敷市で大巨人、大山康晴が誕生した。
タイトル戦登場112回、獲得名人18、王将20、十段14、王位12、棋聖16の計80期、優勝回数は124回、他を寄せ付けない大記録。
名人を含むA級在位45年、56歳で王将獲得、66歳の最高齢で棋王位挑戦、打ち立てた記録は枚挙にいとまない。
昭和31年永世名人の資格を得、昭和51年現役のまま十五世名人を襲位した。通算成績1433勝781敗勝率0.647.
日本将棋連盟運営にも尽力、東西会館建設に務めた。1976~1989年連盟会長。1979年紫綬褒章受賞、1992年正四位勲二等瑞宝章を叙勲。

大山9期の新記録

昭和37年5月25日(1962)のこの日、二上達也八段が大山康晴名人に挑戦した第21期名人戦は、大山3連勝で5月24,5の両日、第4局を迎えていた。対局場は静岡県熱海市「石亭」。
大山先手で始まった将棋は、先手の矢倉模様に後手の右玉となるが、先端を開けずに手詰まり状態となる。先手が意表の穴熊に組み、さらに陣を固めるのに対し、後手は打開のチャンスを見送り飛車を動かすのみ。結局この消極策がたたって143手で完敗となった。
4連勝で防衛した大山は、木村14世名人を越える名人位通算9期の新記録を樹立した。

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