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まとめ
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明治11年6月24日(1878)木見金治郎九段が岡山県児島郡に古鉄商の長男として生まれる。
大野源一九段、升田幸三実力制第四代名人、大山康晴15世名人ら名棋士を育て関西棋界の大御所として人望を集めた。
9歳の時、家族は神戸に進出、ここで家業を手伝うかたわら将棋に熱中、大正3年37歳で古鉄商をたたみ東京の関根金次郎13世名人に入門。大正13年8段に昇段。昭和10年、58歳で最初の名人戦リーグに関西からただ一人参加、徹底的な受け将棋の棋風で2勝13敗と惨敗だった。昭和26年1月7日、74歳で世を去る。
昭和37年6月17日、贈九段となる。
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連続王手の千日手

禁じ手の一つで、連続して王手をかけ続けて同一局面が4回生じた場合は、王手をかけている方が負けになる規則。
従って連続王手で同一局面が3回生じた場合は、王手をかけている方が手を変えなくてはならない。ただし指し手すべてが王手でない場合は、通常の千日手と同様、引き分けとなる。
⇒禁じ手

また、同一局面でも持ち駒、手番が違う場合は千日手とはならない。
例:盤面部分配置
先手▲9九玉▲8九香▲8八歩、
後手△9七歩△8六銀、持ち駒-歩四枚、
で△9八歩成▲同玉△9七歩▲9九玉のように続き、盤面は4回同じでも後手持ち駒が変わるので千日手となならない。

大内、名人逃す

大内、痛恨の大失着で名人を逃したのは昭和50年6月19日(1975)。

大内延介八段が中原誠名人に挑戦した第34期名人戦第7局は6月18,19日に東京・渋谷の「羽沢ガーデン」で行なわれた。
3勝3敗で迎えた大一番は、大内が優勢のまま終盤に入り、9分9厘勝利を握ったかに見えた。
ところが、どう寄せるかという局面になって大失着が飛び出す。局面はもつれ午後10時32分、196手でとうとう持将棋が成立した。流れは当然のように名人側に変り次の第8局で大内は敗れ、念願の名人位を取り逃がしてしまった。悔やんでも悔やみきれない大失着は6月19日のことだった。

持将棋

引き分けをいう。
お互いの玉が入玉して詰ませる見込みがなくなった時、駒の持ち点で勝敗を決めるが、お互いが24点以上だと引き分けとなる。ただし、それ以前に両対局者の合意がなければ成立しない。これを「持将棋」という(アマの場合は27点法を採ることもある)。
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判定勝ちを狙うため持将棋成立に同意せず入玉後も延々と駒を取り合っても、連続王手の千日手のような反則負けにはならない。
過去には第47期順位戦B1組の高橋十段対田中寅棋聖戦で両者27点の局面で田中が持将棋宣言を怠り、その後も指し続け馬金交換したため点数が挽回できず負けになったことがある。
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一方が24点以上、他方が23点以下なら点数が多い方が勝ちになる。
通常の持ち駒点数は大駒(飛、角)=5点、その他の小駒は1点として計算する。

点数はアマ、プロにより、また大会によって勝ち点数は決りがあり異なる。

尚、駒落ちの場合は、上手が落とした駒(上手の持ち駒として計算)の点数を加えて計算する。

実力名人戦始まる

昭和10年6月16日(1935) 東京・丸の内「蚕糸会館」7階、日本間の一室で「名人位決定戦八段リーグ戦」(東京日々、大阪毎日)の開催を飾る花田長太郎八段 対 金子金五郎の対局が6月16,17日に行なわれた。結果は144手で花田が勝った。
初の実力名人の決定方法は土居市太郎八段、大崎熊雄八段、金易二郎八段、木見金治郎八段、花田、木村義雄八段、金子の七人の八段による二回総当たりの特別リーグと普通棋戦の合計得点が一位の棋士を名人とするものだった。
樋口金信は、観戦記で
  「嗚呼、その日は来た!!」とこの歴史的第一号を書き起こしている。

駒台

相手から取った駒を乗せて置くための台のこと。持ち駒を相手にはっきりと見せるためのもので、必ず盤の右側に設定する。
駒台は、一本足のものが実用化の始まりとされているが、やぐらと呼ばれる四本足のもの、そして近年になって板状のものが使用されるようになった。駒台の高さは、盤よりも大駒の厚さ一枚、ないし二枚くらい低い程度が好ましいとされる。
用材としては伊豆の三宅島や御蔵島で取られる島桑が最高級とされ、桑、紫檀、黒檀、花梨などが続く。普及品では桂、公孫樹、スプルースなどが使われている。
駒台が出来たのは明治時代後期に飯塚力蔵という棋士がひな祭りのお供えにする飾り台にヒントを得て発案した。
それまでは駒箱や懐紙、白扇などの上に駒を置いていた。

太閤将棋

駒落ち戦のハンデの一つで、飛車先の歩を落として戦う変則的な将棋のこと。
歩を落とした方が先手になるので、初手からいきなり飛車が成れる。太閤・豊臣秀吉が始めたとされているのでこの名がついた。
記念の百対局日。
平成12年6月9日(2000)のこの日、第71期棋聖戦5番勝負は、兵庫県淡路島の「ホテルニューアワジ」で開幕した。
対戦するのは東西の両横綱、谷川浩司棋聖と羽生善治4冠。21世紀を迎える節目の年に、ちょうど2人の記念すべき100対局目に当たった。
阪神・淡路大地震からの復興を期して行なわれ、恒例となった淡路対決は5年目。過去4回はいずれも挑戦者が勝ち、タイトルの行方もそれに従っていた。
先手羽生の4枚美濃に谷川の4間飛車。終盤まで先手ペースで進んだ将棋は終盤で谷川が逆転、淡路ジンクスを破った。対羽生40戦目を勝利したが、この後、羽生の3勝2敗で棋聖位は羽生に変ることになった。

駒の並べ方

上位の人が先に王をとり、次に下位の人が玉を取って定位置に置き、その後、「左金」、「右金」、「左銀」、「右銀」、「左桂」、「右桂」、「左香」、「右香」、「角」、「飛車」の順番に並べ次に三段目中央に歩を置き、その歩を挟むように左、右、左、右と外側に向かって交互に並べる。
現代の並べ方としては、この「大橋流」が一般的である。

の並べ方は他に「伊藤流」がある。
並べる手順は まず「玉(王)」、以下「左金」、「右金」、「左銀」、「右銀」、「左桂」、「右桂」と並べ次に「左側の歩」から「右側」に順番に並べて「左香」、「右香」、「角」、「飛車」の順に並べる。

落ちの場合はすべてのを並べてから所定のを除き箱にしまう。
又、両手を使うことは作法に反する行為でやってはいけない。並べ終えて余りは駒箱に戻す。
中原新名人の誕生。
昭和47年6月8日(1972)中原誠八段が大山康晴名人に挑戦した第31期名人戦は、3勝3敗と競い、最終第7局を東京・渋谷の「羽沢ガーデン」で迎えた。
7日から始まったこの大一番に、挑戦者は第6局に続き、名人のお株を奪う振り飛車を連採。対して大山も4六金戦法から積極的な攻めを見せ、中盤ではその攻めが成功したかに見えた。だが、終盤に入って中原の猛反撃が続き、ついに逆転。
8日20時45分、中原新名人の誕生となった。
大山18期の最後、中原の15期の始まりとなった、記念の日。
平成6年6月7日(1994)米長邦雄50歳名人誕生に沸いた翌年、第52期名人戦の挑戦者に名乗り出たのは、若きスーパースター23歳の羽生善治4冠だった。
それぞれの世代を代表する人気棋士の登場で、開幕から盛り上がっていた。だが、7番勝負は羽生が3連勝で突っ走る。
ようやく調子を取り戻した米長が2連勝で追い上げ、佳境に入った第6局は福岡の「北九州プリンスホテル」で迎えた。
角換わりから後手の羽生が棒銀を見せると、カド番の米長は右玉に構え熱戦を演じたが、86手で羽生が制し、初の名人位につくとともに五冠目を獲得した。

封じ手

二日制のタイトル戦において、1日目の最後の指し手を、盤上に指さずに紙に記録すること。
手番の人が次に指す手を相手に解らぬように記入して封じる。これを二通作り厳重に封印して金庫に一通、立会人が一通保管する。翌朝、封じ手を開封し、対局再開となる。7七銀など最初は記号だけを書いたが、一説には阪田三吉八段が字が書けなかったため、図面に矢印を書き入れることを併用する今の方式になったと言われている。
また、他の記録では昭和2年3月に指し掛け将棋の公平を図るために報知新聞記者で東京将棋連盟評議員の生駒記者が制度化したものとも言われている。当時は指し手の符号を紙に記入する方法だったが、間違いやすいので、現在では1日目の最終手直前の図に封じ者が赤色の→印で示している。囲碁界でも封じ手は将棋界を真似て同じ方法を採っている様だ。

対局時間

プロ将棋の対局では「持ち時間」が各自に与えられている。
通常はストップウオッチで一手の消費時間を計り、それぞれ加算していく。ただし秒単位は切り捨てなので、10分1秒で指しても10分59秒で指しても消費時間は10分と記録される。
だから対局開始2時間後に消費時間を合算してみても2時間より少ないことになる。
チェスロックを使用する将棋もあり、この場合は切り捨てなしで1秒でも加算されていく。対局開始後2時間たったら合計消費時間もぴったり2時間となる。
同じ持ち時間なら、ストップウオッチの方が実質考慮時間は長くなる。
残り時間が少なくなると「秒読み」になる。チェスロックの場合は持ち時間が切れたら秒読み。秒読みはストップウオッチで計るため、両者切れた時点でチェスロックは使われなくなる。

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