昭和54年(1979)10月13日王位を奪取。
第20期王位戦7番勝負は中原誠王位に米長邦雄棋王が挑戦した。
勝負は一進一退のすえ、第7局までもつれ込む激戦となった。
10月12日、東京・赤坂「福田屋」で始まった最終局は米長先手で相矢倉模様に進む。中原優勢で進んだ将棋は翌13日、終盤で米長に受けの絶妙手が出て、131手で勝利を収め、棋王に次いで2つ目のタイトルをものにした。
中原へのタイトル挑戦は実に8度目となったが、破ったのはこれが初めてのことだった。その後棋聖、十段を加え昭和60年についに4冠を達成するのである。