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名誉十段位

昭和29年(1954)11月27日
第5期九段戦5番勝負は塚田正夫九段に「ムチャ茂」の異名を持つ松田茂行八段が挑戦、11月から始まった。
松田の不調もあって、塚田2連勝で迎えた第3局は東京・本郷「龍岡旅館」で行われ、相矢倉から後手番の塚田が112手で勝利を収め、防衛に成功した。これまで2期九段位を獲得している塚田は「九段位通算3期獲得は永世九段を得る」という規定により晴れて史上初の「永世九段」の称号を得た。
昭和24年に木村義雄名人にタイトルを奪回されて以降、名人戦で活躍の機会がなかった塚田だが、第3期九段戦で優勝して以来、この九段戦がもっとも縁起のいい棋戦となった。
タイトルは名人2期、九段4期で昭和53年(1978)に名誉十段も贈られている。
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悲劇の棋士

悲劇の棋士。森安秀光九段死去。
1993年(平成5年)11月22日。
ミスター四間飛車、鋼鉄のマシュマロ、ダルマ流等の異名を持つ。
教育熱心であり、息子に寄せる期待は相当なもので、その重圧に耐えかねた長男のバット殴打により、終に帰らぬ人となった。享年44歳。存命であれば名人位も奪取できる棋士であった。
昭和24年8月18日、岡山県笠岡市生まれ、昭和37年10級で故・藤内金吾八段に入門。
同43年四段、55年八段、63年九段。
昭和57年、棋王戦でタイトル初挑戦、同58年には第42期棋聖戦で2連敗後、3連勝し初タイトルを獲得。
59年第42期名人戦で谷川浩司に挑戦。60年日本シリーズ優勝。タイトル登場7回、棋戦優勝10回。
A級は通算6期。将棋大賞は49年第1回新人賞。53年勝率第1位賞、技能賞。57年最多対局賞、最多勝利賞、殊勲賞。
59年最多対局賞、殊勲賞を受賞。通算成績712勝469敗。勝率0.603。
平成8年(1996)11月3日
将棋連盟会長、名誉会長を長く務めた加藤治郎名誉九段が死去(リンパ腫)した。
享年86歳。
1910年6月1日、東京都港区に生まれる。
早稲田大学在学中に故・山本樟郎八段の道場で修行、卒業後1933年飛付き三段で同門に入門。翌1934年、棋界初の大学出身プロ四段になる。その後順調に昇段し、1942年七段に昇るとともに朝日番付戦で西横綱になった。1945年八段、1949年引退。1978年名誉九段に就く。
1957~61年、1973~74年にかけて将棋連盟会長を務め1982年春、勲四等旭日小綬賞を受ける。同年名誉会長、1985年第12回将棋大賞で特別賞、1992年第19回東京将棋記者会賞受賞。著書では「将棋は歩から」がベストセラーになり、現在でもプロ棋士の卵は愛読する優れた棋書である。新聞の観戦記者でも「三象子」を名乗り活躍した。
弟子に原田康夫九段、木村義徳九段、真部一男九段らを輩出した。

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