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金名誉九段逝く

昭和55年(1980)7月23日。大正、昭和に活躍した金易次郎名誉九段が89歳で世を去った。
明治23年(1890)秋田県西馬音内町生まれ。初め井上義雄八段の教えを受け、後に関根金次郎十三世名人の門下となる。
大正13年に八段に昇段。棋風は人柄そのままに堅実な守勢を好み、特に左香落ち番の「3四銀戦法」に造詣が深かった。
昭和29年4月1日、初の名誉九段の称号を受け、昭和45年11月3日、勲四等瑞褒章を受ける。
弟子に高柳敏夫名誉九段、孫弟子には中原誠十六世名人らが居る。
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昭和17年(1942)7月13日のこと。
太平洋戦争の最中、第3期名人戦第1局は11日から3日間、東京・小石川の「将棋大成会本部」で行われた。木村義雄名人に挑戦権を得たのは神田辰之助八段。互いに飛車先を突き、神田必勝で終盤を迎えたが既に秒読みとなった神田は「50秒・・55秒・・」たまりかけた木村が「神田君、時間だよ」。
あわてた神田が指した手は大悪手で負けてしまった。神田は木村に対しては烈々たる闘志で立ち向かえ、数々のエピソードが生まれている。これはその一つ。
結局、4連敗した神田はその後、血を吐いて倒れ、翌18年9月6日に帰らぬ人となった。

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