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昭和33年(1958)3月29日 第7期王将位決定戦7番勝負で大山康晴前名人が升田幸三三冠を破り、半年振りに無冠を脱出した。
28,29の両日、長野市の「犀北館」で行われた第7局、大山が矢倉模様の将棋を123手で勝ち、3年ぶりの王将位復位を果たした。
昭和31年、升田は半香落ちでも大山に圧勝して王将位を奪うと、翌32年の第7期九段戦で塚田正夫から九段を取り、半年後の第16期名人戦でも大山を破って初の三冠王に輝いていた。だが、これを機に升田が退潮、大山の躍進、独走が始まる。
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昭和12年(1937)3月22日 読売新聞が主催する、南禅寺の戦い(阪田三吉無段対木村義雄八段戦)に次ぐ京都決戦第2局、阪田三吉対花田長太郎八段戦は嵯峨天竜寺の大書院で始まった。
七段当時、香平で2連勝している花田の▲7六歩に阪田はまたも、しかし木村戦とは逆側の△1四歩で戦いを始める。2日目から花田が発熱、4日目からは阪田も食事がのどを通らぬ状態になり持ち時間30時間の対局は凄絶な戦いになったが、7日目の28日夕刻、寄せの花田が手堅く169手で制した。
本局では封じ手の方法が、その日の終了時に手番になった者が封じるよう変更された。これは現在のタイトル戦にも継承されている。

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