(1)初代豊島龍山。本名・豊島太郎吉。
文久二年(1862)東京・浅草生れ。浅草で材木商を営んでいたが、将棋好きで六段にまで昇り、東京・下谷で駒の店を開いた。いろいろな書体を収録した「豊島字母帖」を作成し、新しい書体を創作開発して版木にして残した。
将棋駒の書体として有名な「錦旗」の名付け親でもある。また、駒材に「虎斑」「糸柾」「赤柾」などと木目模様の名前を付け、新製品を製作した。「近代将棋駒の祖」と言われている。
昭和15年9月没。
(2)二代目豊島龍山。本名・豊島数次郎。
明治37年(1904)、東京・浅草生れ。初代豊島龍山の息子。
父の後を継ぎ駒を製作。現在残っている「豊島作」「龍山作」の駒は、ほとんど数次郎が作ったものである。名駒師の木村文俊、金井静山は弟子にあたる。
昭和15年2月、父よりも先に亡くなった。